北大路魯山人と岡本太郎 

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 春分の日、堺市立東文化会館文化ホールで開催中の展覧会「北大路魯山人と岡本太郎展-芸術家の出会いと挑戦-」鑑賞。世代の違う二人の芸術家の関係とは一体?

 芸術家:岡本太郎(1911-1996)は、漫画家の父:岡本一平と作家の母:岡本かの子の間に生まれる。祖父:山本可亭はテレビCMでも有名の「山本山」(上から読んでも山本山。下から読んでも山本山。)の社名ロゴの揮毫を手がけた書家であり、太郎が生粋の芸術家の血筋を受け継いでいるのがわかる。

 書道家、陶芸家、美食家など多くの顔を持つ北大路魯山人(1883-1959)は、太郎の祖父:山本可亭に弟子入りし、そこから岡本家との家族ぐるみの付き合いが始まる。食にこだわる魯山人は1921年(大正10年)に会員制食堂「美食倶楽部」を発足し、自ら厨房に立ち料理を振舞うなどしながら、そこで使用するためのこだわり食器を創作しつづけたというほどの強者。

 魯山人の創る料理は食べたことはないが、自作の食器は非常に趣深い。中でも鮑の殻を模した巨大な「信楽鮑大鉢」は圧巻で、凹部に溜まった濃緑の釉薬が非常に美しい。書については、迫力あるものもあれば、それほどではない?作品もあったように思う。書に限って言うと、太郎の母:岡本かの子の作品の方がずっとバランスよく、美しく感じられた。

 過激な発言でも有名な太郎の作品からは、破壊を通した「生命の力」がひしひしと伝わってくる。その鮮やかな色使いと生命の根源を思わせるような過激な形態からは、抑圧されたものを発散させようとする力を感じる。まさに「芸術は爆発だ」ということだろうか?独特な作品群と併せて建築家:丹下健三も同席した太郎主催の「実験茶会」での奇行などからも、その強烈な反骨精神がうかがえる。

 全く世代・作風の異なる二人の芸術家が実際にどのような付き合いをしていたのか(会えば常に喧嘩をしていたらしいが)、何とも気になってしまう・・・